優しい思い出

アシュ千25

「……伸びんな」

おもむろに髪を梳き眉を潜めた夫を、目で追う。

「そう? 伸びるのは早い方だし、それにこの長さも楽で好きだけど」
「確かに似合っているが、綺麗な髪だったからな。惜しい」

過去の姿を思い出しているのだろう、目を伏せたアシュヴィンは珍しく感傷的で、そういえばあの直後もこうして惜しんでいてくれたと思い出せば微笑んでしまう。
元々は風早の要望で伸ばしていたが、女王となり伴侶を得た今では、それほど髪の長さにこだわる必要はなかった。
それでも、アシュヴィンが惜しんでくれると思えばまた伸ばしたいと思うのも女心で。

「……また伸ばしたら笹百合を見に連れていってくれる?」

まだ敵対していた頃に連れていかれた笹百合の谷で、アシュヴィンは花を髪に飾ってくれた。
その時のことは色濃く残っていて、今でも大切な思い出だった。

「花などいつでも贈るが、我が妻の願いを叶えぬほど鈍重ではない」
「ありがとう」

ただ花が欲しいのではなく、あのときの想いを共有したいのだと、正しく伝わったことが嬉しくて身を寄せると、無骨な指がそっと髪をすり抜ける。
愛しいと伝わる優しい手つきに、久しぶりの夫婦憩いの時間を穏やかに過ごしていると、ふと先程よりも近く感じた花の薫りの出所を探して目を向ける。

「アシュヴィン?」
「今はこれで許せ。次は必ずお前の願いを叶えよう」

傍らに飾られていた白百合を手に取ると、それを手折り髪に飾るアシュヴィンに微笑むと、楽しみにしているとその手を握った。

20210203
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