jealousy

アシュ千22

華やかな衣装を身にまとった人々が、楽の音に合わせて華麗に踊る。
禍日神の脅威が去ったここ常世の国では、平和を喜び祝勝会が行われていた。
争いの中で常世と中つ国は婚姻を結んでおり、中つ国の者もこの場に参列していた。
だが主催者であるアシュヴィンは、祝いの場にはそぐわない不満げな表情を浮かべていた。

「やや、このような祝いの席でそのようなお顔……どうされたのですか?」

「……あいつはいつまで踊ってるつもりだ?」

「ああ、不機嫌の理由は千尋様のご不在ですか」

リブの指摘に、アシュヴィンの眉間にさらなるしわが刻まれる。

祝勝会ということもあって、あの戦で共に戦った那岐や風早なども皆参列していた。
そしてあろうことか、彼らは次々と千尋にダンスを申し込み、結果アシュヴィンは一人それを見守る羽目になっているのである。

「皇も踊ればいいじゃありませんか。皆皇が踊るのを楽しみにしてますよ?」
「ふん。誰と踊る必要があるというんだ?」

以前は皇子という立場を考え、渋々ながら有力者の娘などの相手をしていたが、永久の伴侶を見つけた今はそんな気はおこらないらしい。
あまりにも素直すぎるアシュヴィンに、リブは苦笑すると空いたグラスへ酒を注いだ。

「では、皇が千尋様を誘えばいいのでは?」
「……そうだな」
一向に戻らぬ后に痺れを切らせ立ち上がると、大股で広間を横切り千尋の元へと歩いていく。

「我が妃を返してもらうぞ」
「……仕方ありませんね」
あからさまな嫉妬に風早が苦笑しながらその場を譲ると、千尋は驚きアシュヴィンを見上げた。

「どうしたの? 何か不機嫌じゃない?」
「……………誰のせいだかな」
己の苛立ちなどまるで理解していない千尋に舌打つと、楽に合わせてその身を抱き寄せた。

「ちょ……っ、アシュヴィンっ」
「夫を放っておきすぎだ」
「……もしかして拗ねてる?」

空色の瞳を丸くしながら問う千尋に、しかし素直に頷くこともできず。
眉を歪めると新たな声が割り込んだ。

「おいおい、今日ぐらい俺たちにも相手させろって。な、姫さん。次は俺と踊ってくれ!」
「ふふ、いいよ」
「おいっ」
するりと腕をすり抜けた千尋に、アシュヴィンは憮然とすると不機嫌そうに玉座へ引き返した。

「姉様、またとられちゃったね」
「……………」
「仕方ないよ。だってみんな、姉様のことが大好きなんだもの」

シャニに言われるまでもなく、アシュヴィンもそのことは知っていた。
天鳥船に乗っていた誰もが、美しき金の姫に焦がれていたのだ――アシュヴィンと同じく。
その後も次々と代わる代わる踊り続ける千尋に、アシュヴィンは苛立ちを誤魔化すように酒を飲み続けた。


 * *

「大丈夫?」
祝勝会が終わり、夫婦の部屋へと下がった千尋は、椅子に身を預けるアシュヴィンを心配そうにのぞき込む。
このようにアシュヴィンが酔い潰れた姿を見たのは初めてだった。

「千尋……」
「お水? ちょっと待って」
「違う……傍にこい」
気だるげに呼ぶ声に近寄ると、突然腕を引かれて唇を奪われた。

「んん……っ、アシュヴィン?」
「お前は…俺の后じゃなかったのか?」
「何言ってるの? そんなの当たり前じゃない」
「ふん……」
肯定するもどこか拗ねた響きに、千尋はまじまじとアシュヴィンを見つめた。

「我が后は俺よりあいつらと踊る方が楽しいようだからな」
「そんなこと……」
反論は、しかし控えめなノックによって阻まれた。

「皇、皇妃、よろしいでしょうか」
「あ、はい。なんですか?」
「中つ国の方が皇妃への面会を求められているのですが、いかが致しましょう?」
「もう夜も遅い。面会は明日にしろと伝えろ」
「か、かしこまりました」

千尋が答えるより早く、不機嫌そうにはねつけたアシュヴィンに、文官はすぐさま立ち去った。

「どうして断るの? 大事な話だったら困るでしょ?」

「こんな夜更けにどんな話があるというんだ?面会など申し出る方が悪い」

「アシュヴィン……!」

声を荒げる千尋に苛立つと、噛みつくように口づけた。

「ん……っ!」
「これ以上他の奴の話はするな」
「や……アシュヴィン……っ!」

腰を撫でる動きは閨でのもの。
突然の出来事に、千尋はアシュヴィンの胸を押す。
だがその腕を片手で封じると、長椅子に押し倒して衣を肌けさせた。

「どうして……こんなの、いつものアシュヴィンじゃないわ!」
「俺にこうさせてるのはお前だ」
「ぁ……っ!」

露わになったふくらみの先に唇を寄せると、びくんと大きく身が震えた。
撫でるように舌で転がし、時に甘噛むとこぼれ落ちる艶めいた声に口の端をつりあげて、己のものだと誇示するように白い肌に紅の印を刻んでいく。

「あぁん……はぁ……んん……っ」
「気持ちよさそうだな?」
「そんなこと……あぁんっ!」
「違うというのか?」
千尋の弱点など知りつくしているアシュヴィンに、空色の瞳がゆらりと揺れた。

「アシュヴィンの……バカっ……」
「お、おい……」
「どうして急にこんなこと……アシュヴィンが何を考えてるのか、わからないよ」
ぽろりとこぼれた涙に、アシュヴィンの表情が苦しげに歪む。

「泣くな……お前を泣かせたかったわけじゃないんだ」

「だって……アシュヴィンがこんなことするから……」

顔を覆って泣く千尋に、アシュヴィンは身を起こすと深く息を吐いた。

「突然悪かった。お前があまりにも他の奴らばかり相手にするから……嫉妬した」
「アシュヴィン……」

アシュヴィンは千尋の涙に弱い。
素直に謝罪するアシュヴィンに、千尋は身を起こすとその胸に俯いた。

「ごめんなさい。私、アシュヴィンに寂しい想いをさせてしまったんだね」

「いや……俺も大人気なかった」

「ううん。私が気遣いが足りなかったの」

互いに謝罪を口にすると、どちらからともなく口づける。

「千尋……」
「ん……ま、待って。ベッドに行きたい……」
「ここじゃダメなのか?」
「だって……ここだとアシュヴィン動きづらそうなんだもの」
思わぬ返答に目を見開くと、くっくと肩を揺らして笑う。

「何を言うかと思えば……」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない……っ」

もう知らない、とそっぽを向いてしまった千尋を抱き上げ、寝台へと運んでいくと、ゆっくりとその身を下ろした。

「これで満足か? 后殿?」
シーツに沈んでもなお顔を反らせる千尋に身を寄せて、そっとその背に許しをこう。

「……諍いはもう終わりだ。顔を背けるな」
「……アシュヴィンがからかうからじゃない」
「悪かった」
これ以上言い争いたくはなくて、千尋は赤く染まった顔でアシュヴィンを睨んだ。

「機嫌を損ねた詫びに、この上ない快楽を約束しよう」
「…………っ!」
アシュヴィンの宣言通り、この夜何度となく高みに達せられる千尋の姿があった。
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