永遠の常春

サティ千

ナーサティヤが常世からも中つ国からも姿を消して半年。
即位の日に、偶然出会った女性から、白い花を置いて行った赤い髪の男の話を聞いてから、千尋はずっと彼が生きているのではという思いを抱いていた。
それは、千尋の願いであったが、思いがけず彼の姿を見つけた時には、我が目を疑うよりも先に駆け出していた。
驚き、見開かれた瞳に、確かに自分が映し出されていることに喜びがこみあげる。
抱きとめられた腕のぬくもりも、伝わる鼓動も、確かに彼が生きて今、ここにいるのだと、千尋に教えてくれていた。


「……千尋?」
低音の心地良い声に、千尋は目を開けると、傍らのナーサティヤを見上げ微笑んだ。

「どうした? 具合でも悪いのか」
「ううん、違うよ」
気遣う響きに、千尋はふるふると髪を揺らし、大丈夫だと伝える。

「今ね、思い出していたの」
先を促す澄んだ水色の瞳に、溢れる想いをそのまま顔に浮かべ、千尋が続ける。

「ナーサティヤと会えた、あの日のこと―――
あなたと再び巡り会えたことを感謝した、あの日のことを思い出していたの」
「……そうか」

言葉少なな彼の顔には、微笑が浮かんでいて。
ナーサティヤが、千尋と同じ気持ちなのだということが、胸をあたたかく包み込む。

ナーサティヤと千尋が再会してから、二人は正式に婚儀を交わした。
王を常世に嫁がせるわけにはいかないと、頑として千尋の興し入れを譲らない狭井君に、ナーサティヤが常世の皇子として婿入りしたりと、実際に婚儀が行われるまでには様々の問題を乗り越えなければならなかった。
それでも。 千尋がナーサティヤを求め、彼もまた千尋を求めてくれたことで、今二人は共にいることができた。

「ねえ、ナーサティヤはいつ、私を好きだと思ってくれたの?」
千尋の問いに、ナーサティヤは瞳を見開くと言葉を濁す。

「そういうお前はどうなのだ?」

「ずるいよ。……でも、そうだね。私がナーサティヤを好きになったのは、常世の国に心だけで飛んで行ったあの日、敵だという以外何も知らなかったあなたの一面を知った時から、かな」

ある日、天鳥船の自室で赤い結晶を見つけた千尋は、身体から精神だけが抜けるという、不思議な体験をした。
その結晶は千尋を常世に導き、常世の現状をかいま見せた。
生活の苦しさを訴える民の前に現れたのは、常世の皇子であったナーサティヤ。
民を軽んじるようなナーサティヤの態度に、千尋は思わず彼の後を追いかけた。

そうして辿り着いた彼の部屋で見たのは、一輪の白い花。
花を愛でる一面に驚き、つい意識をそちらに向けてしまった瞬間、ナーサティヤに気づかれてしまった。
そこで聞いた、中つ国と常世の確執の真実。
今までは、常世が一方的に中つ国を侵略したのだと、そう千尋は思っていた。
しかし、ナーサティヤが語った事実は、千尋が知らない母の酷い仕打ちであった。

常世の信頼を裏切ったことを詫びる千尋に、もう過ぎたことだと言うナーサティヤ。
その時から、一方的に常世を責めることを千尋はやめた。
そして、常世の……彼の憂いを拭うことを決意したのだ。

「ガンゲティカ……だよね」
「ああ」

千尋が問うた花が、以前彼女が自分の部屋で見た花だと気づき、ナーサティヤが頷く。
野に咲く他愛もない花……しかし、枯れた大地ではそれは貴重なものだった。

「いっぱい咲くようになって、本当に良かったよね」
「ああ」

今、常世の国では、草や花が溢れるようになっていた。
まだまだ、禍日神に侵される前の様子までには復興していなかったが、それでも常に黒い太陽が照らしていたあの頃とは、比べようもないほど恵みを取り戻していた。

「これからも、二人でいっぱい見ていこうね。空や、草や、花……たくさんの恵みと笑顔を」

そう言って微笑む千尋が愛しくて。
ナーサティヤは抱き寄せる腕の力を強くする。

「私がお前を好きになったのは……燃えさかる橿原宮でお前を見たあの日からだ」

「え?」

「自身も炎にまかれながらも、私を気遣うお前のその暖かな心に――魂に私は惹かれたのだ」

驚いている千尋の額に口づけて。
真っ赤に染まった初心な少女に微笑みかける。
こんなふうに誰かを愛おしく想う日がこようなどとは思わなかった。
王族にとって、結婚は政治の手の一つでしかなく、いずれ結婚することがあろうとも、それは愛が伴うものでない、政略結婚だろうと思っていた。
それを、想い愛情を与えあうものにしたのは、千尋だからだった。

腕の中の存在が愛しくて。
愛しすぎて、抱き寄せるだけでは足りなくて。
唇を重ねて、これ以上になく近づいて、千尋に伝える。
自分がどれだけ、愛しく思っているかということを。
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