嵐の到来

知望重1

皆との楽しいクリスマスパーティを終え、自宅へ戻ろうとしていた望美は、ふと聞こえた鐘の音に足を止めた。

「あの教会かな?」
昼間、若宮大路で思いがけず見つけた教会でもらったメダルを思い出す。

「もしかしてミサとかやってるのかな?」
クリスマスといえば本来キリストの生誕を祝うイベントなので、教会でミサが行われていることも十分に考えられた。

「せっかくのクリスマスイブだし、少しだけならいいよね」
聖夜に響く鐘の音に導かれ、教会を訪れた望美は、そうっとドアを開けて中を覗き込んだ。

「あれ? 誰もいない……終わっちゃったのかな?」
静まり返った教会に、望美は残念そうにため息をつくと、踵を返した……瞬間、男の声に名を呼ばれた。

「わっ!? だ、誰?」
驚き振り返ろうとした望美を、後ろから優しい腕が抱き寄せる。

「神子様……」
「まさか――銀なの?」
「俺もいるぜ」
「知盛!?」
斜め後ろからかけられた独特な口調は、まごうことなき知盛だった。

「え? え? なんで? どうして二人がここにいるの?」
頭に疑問符を溢れさせる望美に、銀はにこりと微笑む。

「神子様にお会いしたかったからです」
「お会いしたかった……って、どうやってこの世界に来たの?」
望美たちをこの世界に連れて来た白龍は、鎌倉の龍脈の乱れで力を失っていた。

「そんなことはどうでもいい……だろ?」

「どうでもよくないよ! ……って、二人ともその衣装どうしたの?」

「十六夜の君の世界に合わせたのですよ」

二人が纏っているのは、平安装束ではなくタキシード。
銀もとい重衝は淡い青、知盛は暗めの紅と、対照的でありながらどちらも目を奪われる華やかさで、二人の初めてみる洋服姿に望美の頬が赤らんだ。

「お会いしたかった……十六夜の君」

「この間はゆっくりと話も出来なかったからな? 源氏の神子?」

望美の手を包み込むように、白いバラを贈る銀。 投げ出すように紅いバラを放る知盛。
二人からバラを受け取った望美は、バクバクと暴れ回る鼓動に一気に体温が上昇した。

「え、えっと……っとりあえず二人とも将臣くんの家に行こうか!?」
ここじゃなんだし……と促すも、二人は首を縦には振らず。

「俺が用があるのはお前だけだ」

「今日は十六夜の君の世界では、聖なる夜を祝う日なのでしょう? どうぞその一時を私と過ごしてはもらえませんか?」

二人ににじり寄られ、望美は困ってしまう。
冬休みに入ったとはいえ、すでに時間は夜の8時。
この後出かけるとなると、門限を過ぎてしまうのは確実だった。

「ここで3人でおしゃべりなんていうのは……」
「「…………」」
「だめ……だよね」

無言の圧力に、望美はうう……と頭を抱える。
銀はどこでも喜んでくれそうだが、知盛が興味を示す場所ってどこだろう?
というか、街中でいきなり刃物取り出し手合わせは勘弁してもらいたいし……と、望美がうんうん唸っていると、銀が助け舟を出した。

「十六夜の君のお気に入りの場所に連れて行ってもらえないでしょうか?」

「私のお気に入りの場所?」

「ええ。十六夜の君がお好きなものを知りたいのです」

にこりと微笑む銀に、望美がう~んと頭をひねる。

「……それじゃ、江ノ島はどうかな?」
それならさほど離れてないし……と、知盛の様子を窺う。

「いいぜ」
「では参りましょうか」
さりげなく望美の手を取る銀に、知盛がだるそうに教会の椅子から立ち上がった。

 * *

「あっ花火!」
空を彩る花火に、望美が歓声を上げる。

「花火……というのですか。美しいものですね」

「……騒々しいな」

「今日はクリスマスだからだね。イルミネーションもすごいし綺麗~!」

木々を飾る電飾に、望美が嬉しそうに傍らの二人を振り返る。
と、周りの視線が自分たち――正確には両側に寄り添う二人に集中していることに気がついた。

『あの人達かっこよくない!?』

『モデル?』

『何、あの子。あんなカッコいい男を二人もはべらかせて!』

耳に届いたやっかみに、望美は身をすくめた。

(確かに目立つもんね……)
芸能人といってもいいような麗しい相貌の兄弟。
その二人に取り囲まれる望美に突き刺さる嫉妬の視線は容赦ない。

「十六夜の君……あなたは天上においても誰よりも眩い美しい御方ですね」

「クッ……何をそんなに気にしてる? 源氏の神子」

さりげなく距離をとろうとした望美を、しかし知ってか二人は手を取り、それぞれ右と左の手の甲に口づけた。
途端に上がる、黄色い悲鳴。

「銀っ! 知盛っ!」
嫉妬を通り越して恨みがこもり始めた視線に、望美は二人を引きずるようにその場から逃げ出した。

「怖かった……」
人気のない海岸沿いまで逃げてきた望美は、大きく息を吐いた。

「騒がしい女だ」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
ふんっと鼻で嘲る知盛に、望美がムキーッと振り返る。

「思ったままを口にしたのですが、十六夜の君を困らせてしまったようですね」
顔を曇らせる銀に、望美は大きく息を吐いた。

「いいよ。知盛はともかく、銀……重衝さんには悪気なかったんだし」
「本当にそう思ってるのか?」
弟をよく知る知盛は望美の言葉を嘲る。
確信犯――それ以外の何者でもないというのに。

「でも、元気な二人に会えて良かったよ!
和議の時もゆっくりと話してる時間がなかったし、突然こっちの世界に帰ってきちゃったから」

「十六夜の君……」

「クッ……源氏の神子は男を煽るのが上手だな」

「はぁ? 何言ってるの?」

無意識に二人を喜ばせた望美は、しかしながら全くわかっておらず、怪訝そうに眉をしかめた。 と、突然二人の体が光に包まれる。

「どうやら時間のようですね」
「重衝さん?」
わけがわからず瞳を丸くしている望美の頬に、銀はそっと指を伸ばした。

「十六夜の君、あなたと過ごす時間は儚き夢のようにあっという間に終わってしまう。
だけどこうしてほんの一時でもあなたをこの目に映せたことは、このうえもない幸せなのでしょうね」

「重衝さん……」

「どうか忘れないで下さい。私はずっとあなたに恋焦がれているのだということを」

そっと触れた唇のぬくもりに、望美は驚き銀を見上げた。
と、ぐいっと腕を引かれ、強制的にもう一人の紫苑の瞳に向き直らされる。

「……妬けるな」

言うや、噛みつくようになされた口づけに、望美は眉を寄せた。
息苦しさに胸を押すが、知盛は一向に緩めない。
かすかに瞳を開くと、肉食獣のように危険に煌く知盛の紫苑の瞳が目に入った。

「忘れるな。お前は俺の獲物だ……次の逢瀬はお前から来い」

最後にぺろりと唇を舐め、離した知盛は、倣岸に笑んだ。
瞬間、二人の姿は光の渦に包み込まれた。

 * *

「将臣くん……」
いつも元気な幼馴染の様子がおかしいことに、将臣は仰け反っていたソファから身を起こした。

「どうした?」
「あのね、昨日……」
「昨日? ケーキでも食べそこなったか?」
「違う。昨日、知盛と銀……じゃなくて重衝さんに会ったの」
「はぁ!?」

思いがけない名前に、瞳を丸くする。
知盛と重衝とは、あの異世界で共に過ごしていた平家の仲間だった。

「なんであいつらがこっちにいるんだよ?」
「わからないよ。パーティの後立ち寄った教会で声が聞こえたと思ったら……」

二人がいたのだと、そう語る望美に将臣が眉をしかめる。
ありえない――とは、あの二人に限っては言えないのである。

「で、大丈夫だったのか?」
「何が?」
「あいつらに何もされなかったか?」
「えっと、銀……重衝さんからは白いバラ、知盛には赤いバラをもらったよ」

重衝はともかく、知盛がバラなどとてもじゃないが想像出来ない。

「二人ともあっちの平安装束じゃなくて、ちゃんと洋服着ててびっくりしちゃった」

「いや、驚くのはそこじゃないだろ」

相変わらずずれてる望美に、頭痛を感じる。

「で? あいつらは今どこにいるんだ?」
「わからない。気づいたら自分の部屋で寝てたの」

とりあえず望美の貞操が無事だったことに胸を撫で下ろすも、不安は拭えない。
源氏と平家が和議を結ぼうと一同に介したとき、望美に異様な関心を見せた知盛&重衝兄弟。
本性を表した政子――茶吉尼天を追ってこちらの世界へと戻ってきた将臣たちもとい望美を、よもや執念で追ってきたというのだろうか?

「……とりあえず当分一人で行動するなよ」
「なんで?」
まさか貞操の危機――ともいえず、将臣が眉を寄せる。
脳裏に浮かぶのは、中断した和議の日の銀髪兄弟のこと。

「あの日の予感、的中かよ……」
濛々と未来を覆い始めた暗雲の到来に、将臣は鎌倉の異変よりも恐ろしいものを感じていた。
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