本命チョコ

将望55

物心ついた頃からずっとあげていたチョコレート。
そこに深い意味はなく、ただ自分にとって父親と同じぐらい身近な存在だったから、そんな理由で毎年バレンタインにチョコレートをあげていた。
それだって金欠の時にはチロルチョコなんてこともあって、将臣くんには「手抜きすぎじゃねえか」なんて苦笑されたこともあった。
それでも、ホワイトデーには必ずお返しをくれていた。
金欠だっていいながらも、毎年欠かさなかった。
それが途絶えたのは、異世界に喚ばれたあの時だけ。
そしてその世界で、私達の思いは変わった。
男女の情なんてまるでなかった幼なじみから明確な恋情へ。
だから今年あげるこのチョコレートは、私が将臣くんにあげる初めての本命チョコ。
何度か手作りもあげていたけど、今年はネットで知ったチョコを練習するのに早くから準備して、何回かチャレンジした。
味付けが大雑把でいまいちと称される料理の腕前の私だから、レシピを忠実に守り、母にも何度も味見してもらって花丸ももらった。
こんなふうにチョコ作りに本気になったことはなかったから、大分母にからかわれたけど仕方ない。
だってーー今年は特別だから。

今日は休日で将臣くんはバイトだから、会えるのは夜になってから。
そのためにもう一度有川家を訪れるのは気恥ずかしかったから、駅で待ち合わせることにした。
本当は近くの公園でも構わなかったけれど、そこは夜に女一人で行くなと、将臣くんに断固止められた。

「どうせなら将臣くんのバイト先に行けば良かったかな」

それならわざわざ駅に来させる必要もなかったし、と思って携帯を取り出しながら時間を確認する。

「今からだとすれ違っちゃうか」
「何がだ?」
「だから将臣くんの……って将臣くん?」
「待たせて悪かったな」
「バイトお疲れ様。早かったね」
「そりゃ待たせられねえだろ。で、どうする? その辺に適当に入るか?」
「お店に入るとその場で食べれないよ」
「何だよ、ずいぶん自信作なんだな。なら少し寒いけど公園でいいか?」
「うん」

頷くと当然のように差し出された手に重ねて、絡められた力強さにとくりと胸が高鳴った。
昔は何とも思わなかった手を繋ぐことも、抱く思いが変化したことで少し照れくさい。
けれども嬉しい方が勝るから、しっかり握り返して隣を歩く。

「すぐに食べて欲しかったから、ラッピングは止めといたよ」
「サンキュー」

せめてと選んだ可愛らしい箱を一見して開けると、へぇと将臣くんから感嘆の息がこぼれた。

「売り物みたいじゃねえか。腕あげたか?」
「味もお母さんに花丸もらったから保証するよ」
「そりゃ安心だな」

笑って一つ摘まむと、豪快に一口に入れるのが彼らしく、ドキドキしながら感想を待つ。

「すげーうまい」
「やったー!」
「喜びすぎだろ」
「だって譲くんの手料理で舌が肥えてる将臣くんからうまいって言ってもらったんだもん。嬉しいよ」

ほくほくと微笑むと、もう一つ口に運んでしっかり味わって、もう一度うまいと告げてお礼を言ってくれる。

「サンキュー。マジでうまかった」
「良かった。今年は特別だったから頑張ったんだ」
「特別?」
「そうだよ。だって初めてあげる本命チョコだもん」

そう笑えば目が見開かれて、そっか、と柔らかく微笑まれて視線がチョコに落ちた。

「高校卒業したら、家を出ようと思ってるんだ」
「それ、本気だったんだ」

以前、譲くんと三人で出かけた時に言ってはいたが、本気なんだと思うと急激に寂しくなる。

「だから、再来年のバレンタインデーは泊まりで来いよ」
「……え?」

泊まり……その言葉の意味に思考が止まる。

「将臣くん?」
「お前にはそれぐらい猶予与えとかなきゃダメだろ」
「猶予って」
「待つのは構わねえが俺も男だしな。いつまでもってのは無理だからな」

突然突きつけられたタイムリミットに、バクバクと暴れる鼓動に戸惑いながら将臣くんを見ると、その艶めいた笑みに身が震える。
そんな将臣くんは見たことがなくて、目の前にいるのは幼なじみじゃなく、好きになった男なのだと唐突に悟る。

「マジうまかった。来年も楽しみにしてる」
「う、ん」

帰るか、と手を取られ歩き出すも、思考は将臣くんの爆弾発言に乱れたまま。
覗き見た将臣くんが幼なじみではなく、見知らぬ男の人のように思えて、高鳴る鼓動を一人もて余した。

20210214
Index Menu