望月の惑い

将望15

「こんなところで一人手酌か?」
「知盛……」
宴から逃れるように、渡殿に座って盃を傾けていた将臣の横に、知盛が腰かける。

「そんなにあの女の事が堪えたか……?」
「……!」
知盛の言葉に、将臣の顔が強張る。
その様子に知盛は口を吊り上げ酒を飲み干す。

「どうする? あの女の元へ行くか……?」
「……俺は平家を見捨てたりはしない」
「重盛兄上は情が深いな……」
「俺をからかいにきたのか……?」
揶揄する言葉に、将臣の眉がつりあがる。

「今はお前の戯言に付き合う気分じゃないんだ。あっちに行ってろ」

「お前がそこまで感情を露わにするとはな……あの女に惚れてるのか?」

「黙れ!!」

ずけずけと踏み込んでくる知盛に、将臣が盃を投げ捨てる。
石に当たって砕ける音が、静かな庭に響き渡った。

「確かにあれはいい女だ……」
「お前……望美のことを知ってるのか?」
「前に言ったろ? 強くしたたかな、獣のような女に会った……と」

知盛の言葉に、以前白龍の神子と対峙した時の事を、知盛が語っていたことを思い出す。

「あいつはお前が言うようなやつじゃない」
「そうか? あの女はただ守られているようなたまじゃない。この俺を沸き立たせた初めての女だからな」

あえて危険な場所へ身を置くような危うさを持つ知盛の言葉に、将臣が眉をひそめる。

「あの女は猫じゃない……豹だ。強くしたたかで、鋭い牙をもった……な」

「……望美のことを良く知りもしねーで、わかったようなことを言うな。俺の幼馴染はお前の思い描いているようなやつじゃねぇ」

怒気をはらんだ険しい瞳に、知盛はクッと笑うと腰をあげる。

「まぁいいさ。お前がどうしようと俺は知らん……目の前に立ちふさがるものは全て切るだけだ」
「……」

知盛の気配が遠ざかると、将臣は一度目をつむり、空を見上げる。
天に輝くのは、心を占める少女と同じ望月。

「何でお前が源氏の神子なんだよ……っ」

この世界に来てから、一度も泣き言を言ったことがなかった将臣の悲痛な声。
3年半もの月日を経て、ようやく再会できたというのに、二人を大きく隔てる源氏と平氏という壁。
感情のままに望美の元へ走ることは出来なかった。
将臣の肩には、平家一門の存続という大きな使命がのしかかっているのだから。

「望美……っ」
どんっと地を叩いた拳から血がにじむ。
その血は、将臣の流す涙のように、拳を紅に染めていった。
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