「こんなところで一人手酌か?」
「知盛……」
宴から逃れるように、渡殿に座って盃を傾けていた将臣の横に、知盛が腰かける。
「そんなにあの女の事が堪えたか……?」
「……!」
知盛の言葉に、将臣の顔が強張る。
その様子に知盛は口を吊り上げ酒を飲み干す。
「どうする? あの女の元へ行くか……?」
「……俺は平家を見捨てたりはしない」
「重盛兄上は情が深いな……」
「俺をからかいにきたのか……?」
揶揄する言葉に、将臣の眉がつりあがる。
「今はお前の戯言に付き合う気分じゃないんだ。あっちに行ってろ」
「お前がそこまで感情を露わにするとはな……あの女に惚れてるのか?」
「黙れ!!」
ずけずけと踏み込んでくる知盛に、将臣が盃を投げ捨てる。
石に当たって砕ける音が、静かな庭に響き渡った。
「確かにあれはいい女だ……」
「お前……望美のことを知ってるのか?」
「前に言ったろ? 強くしたたかな、獣のような女に会った……と」
知盛の言葉に、以前白龍の神子と対峙した時の事を、知盛が語っていたことを思い出す。
「あいつはお前が言うようなやつじゃない」
「そうか? あの女はただ守られているようなたまじゃない。この俺を沸き立たせた初めての女だからな」
あえて危険な場所へ身を置くような危うさを持つ知盛の言葉に、将臣が眉をひそめる。
「あの女は猫じゃない……豹だ。強くしたたかで、鋭い牙をもった……な」
「……望美のことを良く知りもしねーで、わかったようなことを言うな。俺の幼馴染はお前の思い描いているようなやつじゃねぇ」
怒気をはらんだ険しい瞳に、知盛はクッと笑うと腰をあげる。
「まぁいいさ。お前がどうしようと俺は知らん……目の前に立ちふさがるものは全て切るだけだ」
「……」
知盛の気配が遠ざかると、将臣は一度目をつむり、空を見上げる。
天に輝くのは、心を占める少女と同じ望月。
「何でお前が源氏の神子なんだよ……っ」
この世界に来てから、一度も泣き言を言ったことがなかった将臣の悲痛な声。
3年半もの月日を経て、ようやく再会できたというのに、二人を大きく隔てる源氏と平氏という壁。
感情のままに望美の元へ走ることは出来なかった。
将臣の肩には、平家一門の存続という大きな使命がのしかかっているのだから。
「望美……っ」
どんっと地を叩いた拳から血がにじむ。
その血は、将臣の流す涙のように、拳を紅に染めていった。