エイプリルフール

ヒノ望55

ぽんっと肩を叩かれ振り返ると、そこに立つ義父の姿にパチリと瞬く。

「湛快さん?」
「おいおい……あんなオヤジと一緒にするなんて、俺の姫君はずいぶん意地悪だね」

どうしたのかと続けようとして、返ってきたあり得ない言葉に目を剥く。
まじまじと目の前の人物を見て、ふと目立つ顔の傷がないことに気がついた。

「まさか……ヒノエくん?」
「ふふ、ずいぶん懐かしい呼び名だね」

さらりと肯定されて、驚き見る。
よくよく見れば確かに湛快に似通っているものの、どことなくヒノエの面影もあって。

「え? 本当にヒノエくん? え、なんで?」

突然父ほどの年齢となった夫に、どうしてと混乱した。

「まさか……怨霊の仕業?」

清盛を浄化し、白龍が力を取り戻してから、すっかり怨霊も見なくなっていたのに、まさかどうしてと疑問は尽きないが、何より目の前の現象が信じがたく、どうしていいか分からない。

「あどけない少女のような反応も可愛いけど……閨での戯れ言には向かないかな」

ぶわりと滲み出る色香に、ぞわりと肌が粟立つ。
元々色事は盛んだったようだけど、これ程までの色香は一体……とつい腰が引けるが、顎を持ち上げられて紅玉に視線を合わされる。
閨特有の甘い雰囲気に、けれどもどうにも義父に口説かれているようで落ち着かない。

「今日はずいぶんと落ち着かないね。何かあったのかい?」
「何かあったというか、現在進行形であるというか……」

見た目湛快、口調はヒノエという、あまりに奇怪な現象に落ち着けるはずもなく、近寄る顔を掌で拒絶すると、ふぅん……と不穏な呟きに肩が震えた。

「夫を拒絶するなんてお仕置きが必要かな?」
「いやいや、これは不可抗力だよ! というか本当にヒノエくんなの? 何でそんな姿なの?」
「俺はいつも通りだけど?」
「いやいや、どう見ても違うって!」

そのまま押し倒されそうな空気を無理矢理変えて訴えれば、寄りかかっていた身体が起こされて、考え込むように片膝を立てた暫定ヒノエ(?)は、立ち上がって鏡を手に取った。

「ねえ、望美。お前の姿はどうなんだい?」
「私?」

問われて鏡を覗き込む。
そこにはーーーー。



ハッと目を覚ますと、蔀からこぼれる陽に夜が明けたことを知る。
身を起こそうとして、絡みつく腕に気づいて隣を見れば、そこには赤毛の見慣れた姿があって。

「夢かぁ~」

思わず深々と安堵の吐息をこぼした。
別にあの姿が嫌なわけではない。
親子なのだからヒノエが湛快に似ることはあるだろう。
しかし歳を重ねていくのを見ていくならいざ知らず、突然熟成した姿を見て戸惑うのは当然だろう。

「どんな夢を見たんだい?」

さらりと顔にこぼれた一房を耳にかける指先に、視線を上げるとパチリと瞼を開いて覗く一対の紅玉と目が合う。
問いかけを思い出して答えると、わずかに眉が歪められた。

「何だってくそオヤジに似てるんだよ……」
「いや、親子なんだからおかしくはないよ」
「いや、俺の方がいい男だろ」

義父の若かりし姿を見たことがないので答えようがないが、肯定しないと拗ねるのは分かっているので曖昧に頷くも、その反応はお気に召さなかったらしい。
顎を撫でる手つきの怪しさに見上げると、滲み出る色香に待ったをかける。

「ヒノエくん、朝だから!」
「たまには寝坊もいいんじゃない?」
「いや、ダメでしょ。……ってちょっと……!」

身の危険を感じて離れようとするも、しっかり腰に腕が回され、足まで絡まされて、衣の隙間に差し込まれた手に慌てた。

「ふ、ぅ……んっ」
「ふふ、身体はいいって言ってるけど?」

手管に慣らされた身体の反応に、愉しげに微笑まれても、ここで同意なんて出来るはずもない。
このまま進めばもれなく水軍の乱入が必須。
こんな姿を他人に見られるなんてもっての他だと、必死に抵抗する。

「今はダメ! 朝だから!」
「なら夜はいいんだね」
「!」

普段なら二夜続くのは体力的に厳しいとお断りしているのに、言質を取られたことを悟って青ざめる。
昨夜だって交易で熊野を明けていて、久しぶりの閨だと散々貪られたのだ。
それが今夜もなんて、とても耐えられる気がしない。

「ね? 望美」

にこりと、それは魅惑的な笑みに断るという選択肢が奪われたことを知る。
上機嫌に起きる夫に、今日は彼の誕生日だということを思い出して。
結局は二夜貪られる運命だったのだと気づいて、とりあえずしっかりご飯を食べようと起きるのだった。

20220401
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