愛おしさしかない

ヒノ望14

「う~ん」
ヒノエの腰にしがみつくや唸る望美に、ヒノエは不思議そうに彼女を見た。

「どうしたんだい?」
「……ヒノエくん細すぎ」
ぼそっと呟かれた言葉に、ヒノエが瞳を見開く。

「前みたいに全然動きまわらなくなったでしょ? なのに毎日美味しいご飯お腹いっぱい食べてたら、絶対太っちゃうよ……」

ヒノエと結婚してからというもの、やきもち妬きの夫や別当奥方という身分から、思うように外出できなくなった望美。
この悩みは乙女にとって至極当然のものだった。

「姫君はずっと綺麗じゃん?」
「……この先はやばいかもしれないもん」
唇を突き出し、拗ねる様が可愛くて。
ヒノエは腰にしがみついてる望美の髪を一房手に取ると、そっと口づけ微笑んだ。

「本当にお前は可愛いね」
「……」
ヒノエの言葉に、しかし望美は唇を尖らせたまま。

「だから、もっと外出できるように……」
「却下」
あっさりと提案を切られ、望美はますます唇を尖らせると、恨めしそうにヒノエを見た。

「ヒノエくんのやきもち妬き! 意地悪! すっごく太っちゃったらどうするの!?」

「大丈夫。姫君にはしっかりと運動させてあげるからね」

にこりと浮かべられた笑みは妖しげで。
望美はぱっと手を離すと、慌てて部屋の隅へと逃げだした。
この流れは危険だと、今までの経験が訴える。
今日は珍しくヒノエが一日お休みの日。
囀らされて終わるのは勘弁して欲しかった。
この窮地をどうやって乗り切ろうかと、部屋の隅で必死に考えをめぐらす望美に、ヒノエはクックと肩を揺らし笑い出す。

「お前は本当に可愛いね。大丈夫だよ、今日は散策の約束だろ?」
「……本当に?」
いまだ警戒を解かず、疑う望美に苦笑が漏れる。

「そんなに俺は信用ないかい?」
「今までが今までだから」
ぼそりと返された言葉に、ヒノエが片眉を吊り上げる。

「そんなに期待してくれるのなら、このまま褥に運んでもいいけど?」

「……! 散策に行こうっ! 絶対散策っ!!」

ぶんぶんと必死に首を振る望美に、ヒノエは手を取り立ち上がらせた。

* *

見事な大銀杏、冬仕度で寂しくなっていく木々の中で鮮やかに咲き誇るサザンカなど、美しい自然を堪能した望美は、満足そうに微笑んだ。

「綺麗だったね~!」
「熊野の誇れる景観、姫君のお気に召して何よりだよ」
熊野を誰よりも愛するヒノエは、望美の絶賛に口の端をつりあげる。

「でも、疲れてないかい? 今日はずいぶんと歩き回ったからね」
「そう言われてみれば、ちょっと足がだるいかな」
源氏の軍にいた頃は、連日の行軍ですっかり徒歩移動にも慣れていたが、ヒノエの元に嫁いでからは運動不足気味だった。

「それなら近くにいいところがあるよ」
「いいところ?」

首を傾げる望美に、ヒノエは片目を瞑って彼女を促す。
そこからしばらく歩くと、辿りついた場所に望美はぱあっと顔を輝かせた。

「温泉?」
「ご名答。ここはどこを掘っても温泉が
わく、熊野自慢の秘湯の一つだよ」
ヒノエの言葉に、望美はあることを思い出す。

「あ、もしかしてここって川湯温泉?」
望美のいた世界でも、この辺りは絶好の温泉スポットとして取り上げられていたのだ。

「へえ? 姫君はここのことを知ってるんだ?」

「うん、私の世界にも同じような場所があったから」

望美の説明に、ヒノエは一瞬悔しそうな顔をするが、すぐに笑顔を浮かべ、望美を近くの岩へと腰かけさせる。

「ここには隠すようなものがないから、足だけな。お前の真珠の肌を他の野郎に晒すなんざ、ごめんだからね」

「もぅ、ヒノエくんってば」

くすくすと笑いながら、望美はヒノエのなすままに、彼が掘った河原の小さな温泉へと足を沈めた。

「あったか~い!」

ちょうど良い湯の温度はじんわりと足を温め、歩き疲れた望美の足を癒す。
そこに膝を折ったヒノエが、マッサージを施してくれるのだから、望美は気持ちよさそうに瞳を閉じた。
――しかし。

「ヒ、ヒノエくんっ?」
「なんだい?」

しれっと返すヒノエに、望美が僅かばかり頬を染めて、慌てた声を出す。
先程まで疲れを癒そうと、足を解していた指は、いつの間にやら胸に。
そして、さわさわと、おおよそ疲れを癒そうとするものとはかけ離れた動きをしていた。

「そ、そこは……っ」

違う、と言おうとするが、一瞬早く唇を塞がれ、言葉を音にすることは出来なかった。
戸惑い、逃げようとする望美の舌を器用に絡めとリ。
歯列をなぞる濡れた舌の感触に、望美の身体がぞくぞくと震える。
くちゅ、くちゅ、と口づけた唇からこぼれる淫靡な水音が、芯から疼きを呼び起こす。
そんな望美の心の内を悟っているかのように、くすりとこぼしたヒノエの笑みに、ぼおっと頬が真っ赤に染まる。

「ふふ、可愛い」
囁きと共に耳朶を甘噛みされ。
口をつくのは甘い鳴き声。
ご褒美とばかりに、合わせ目から忍び込んだ手に胸の頂をつままれ、ころころと転がされる。

「ふぁ……やっ……んんっ」
すっかり艶を含んだ声に、ヒノエは濡れた舌を首元に這わす。
もちろん、胸の刺激は怠らず。

「ぁあ……んん……はぁ……」
絶え間なく甘く吐息をこぼす様は、見ているだけで淫靡で。
一瞬、ここが野外だと忘れかけてヒノエが苦笑する。

「……甘美な毒だね」

呟いて、濡れた瞳に不思議そうにヒノエを映す望美に口づける。
耳元に甘い囁きを忘れずに。

「続きは今夜たっぷりと……ね?」
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