おあいこ

弁望119

分からなかった。
彼女がどうして自分を追いかけてきたのか。
始めはたぶんただの好奇心だろう。
皆の所から離れるのを見られていたのは、僕の油断だった。
特に聞かれて困る話はしていなかったし、すぐにその存在に兄も僕も気づいたので、後の策に影響することはないはずだった。
けれども何故かそれからも彼女は僕を追いかけ、その目から避けようとする事実を明らかにしていった。
次々と燃えて沈む平家の船を悲しげに見つめる瞳。
このことがもしかしたら彼女が自分を気にかけるきっかけとなってしまったのかもしれないと、平家の間者と会っているところを見られた時に思った。
下手に誤魔化すよりはありのままに。
隠すからこそ人は暴きたくなる。
ならば隠さなければどうか?
彼女も戸惑いを浮かべながらもやはり信じられなかったようで、裏切りを暴かれることはなかった。

けれどもあの日、捕らえた彼女の瞳に浮かんでいたのは怯えでも戸惑いでもなく、その真意を見抜く強い光。
まるで弁慶がそうすることが分かっていたかのような落ち着きに驚きながらも、策はそのまま実行した。
平家に寝返る算段は叶い、すでに策は進んでいたからだ。
だから船の上で望美から聞かされた話は、にわかには信じられなかった。
気づかずに間者とのやり取りを他にも見られたか?
しかしそれだけでは説明がつかない。
読心術や鋭い洞察力など可能性を上げてみても納得できなくて、彼女の話を信じずにはいられなかった。
自分の消滅を見たと言う彼女の話を。
そして彼女が手にした八咫鏡を見た時に、新たな策が取れるのを悟った。
八咫鏡を見つけられなければ彼女が言ったとおり、清盛をこの身に降ろして消滅させていただろう。
けれども八咫鏡と彼女の白龍の神子の力があれば悲願を叶え、また彼女を再び傷つけずに済む。

この大事な局面で彼女を信じられたのは、自身でも不思議だった。
誰かに命を託したことなどなかった。
なのに彼女は絶対共に成し遂げてくれると、そう信じられた。

清盛を封印し、呪詛された黒龍を鎮める。
それらを叶え、贖罪を終えた時、弁慶は彼女を乞うた。
何故か、自分でも分からなかった。

弁慶の悲願を叶えるのに必要な存在。
ただそれだけのはずだったのに、陽の光の似合う清廉な神子を自分のような者が乞うなど、到底許されないことだった。
なのに彼女が自分の世界に戻りたいと、そう願っていたことを知っていたのに、自分の側にいて欲しいと乞うてしまった。

「弁慶さんって自分のことは鈍感ですよね」
「そうですか?」

あの頃のことを話しての彼女の感想に首を傾げて見せると、呆れたように目が細められた。
笑顔に騙されなくなった最近の彼女に、笑みがこぼれてしまう。
それが彼女と過ごしてきた時間故だと思えば愛しくて仕方ないのだ。

「弁慶さんって私のこと、すごく好きですよね」
「そうですね」
「……そこは否定しないんですか」
「事実ですから」

にっこり微笑んで答えれば、彼女の頬が桜色に染まる。
あの頃はわからなかったーー正確には理解する気がなかったからで、今は自分が彼女に向ける思いがなんであるのか十分に知っていた。

「愛しいというこの想いは、君が僕に教えてくれたんですから」

君が時空を越えてまで求めてくれたのが、今の僕と同じ感情ならばいいと、そう思うほどに彼女が愛しい。

「私だって弁慶さんから教わったんです」
「だったらおあいこでしょうか」
「今、一緒にいるのを何だと思ってるんですか」
「ふふ、すみません。君の口から聞きたかったので」

まるで勝負のように見上げる望美の頬を撫でて、啄むように唇を食む。

「愛してます、望美さん」

降りた目蓋に口づけを深めて、白い寝床に広がる柔らかな髪を見下ろしながら、合わせ目の隙間に手を差し入れた。

20210519
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