平家の神子

番外編3、源氏の総大将と平家の神子

「あ。九郎さん、葉っぱが……」

くせのある長髪に落ちた葉を取ろうと伸ばした手。は、振り返った彼によって弾かれた。

「――俺に触るな」
「九郎さん?」
「お前は平家のものだろう」

敵意のこもった鋭い視線に、望美は身を強張らせた。

「お前がなぜ、源氏に与しているのかは知らんが、俺はお前に気を許してはいない。神子と八葉という伝承よりも、俺にとって大事なのは源氏――兄上なのだからな。それを忘れるな」
「………」

容赦ない刺々しい言葉が胸をえぐる。
しかし、望美には言い返すことが出来なかった。
望美が源氏と行動を共にしているのは、平家を滅ぼしたいからでもない。
また、源氏を勝たせたいからでもない。
ただ、己に課せられた『白龍の神子』という務めを果たすため。
源氏と共にいるのも、ただ怨霊を封じるのに都合が良いから、というだけなのである。

「――九郎さんが私を信じなくても、私は神子としての役目を果たすだけです」

平家の放った怨霊を封じて、五行を正す。
それが、望美がこの世界にいる理由だった。
何ともいえない空気が二人の間に漂っていると、不意に辺りの気配が変わった。
ピンと張りつめた空気。
それを切り裂くように現れるものは――。

「九郎さん!」

鞘から剣を抜き放つと、同じく気配を察した九郎が刀を構えて、怨霊を見据える。
二人の目の前には、4体の怨霊。
源氏に恨みを抱いて息絶えた平家の武者に、獣の怨霊。
望美は素早く敵に目を走らせると、獣の怨霊へと進み出た。

「おい!」
「九郎さんは相克でしょう? 私は土属性だから大丈夫です」

望美が相対しているのは、かわほり。
木属性である九郎には、相性の悪い敵だった。

「やぁ!」

振り下ろした剣が、かわほりの身体を裂く。
そんな望美に、九郎は感情を振り払うと怨霊武者へと斬りかかった。
一体、二体、三体。
そして最後の怨霊を九郎が倒したことを確認すると、望美はすっと目を閉じた。

「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」

斉唱と共に放たれた清浄なる光に、次々と怨霊が浄化されていく。
だが傷が浅かった一体が浄化に逆らい、望美へと襲いかかった。

「望美っ!」

とっさに庇った九郎の肩を、火車の炎が掠める。

「九郎さん!」
「大丈夫だ! それより早く封じろ!」

敵に向き直ってすかさず切り捨てた九郎に、望美は唇を噛むと、最後の一体を浄化する。
きらきらと空へと消えていく様を見守ると、慌てて九郎へと駆け寄った。

「九郎さん、こっちへ来てください!」
「お、おい……っ」

有無を言わさず腕を引く望美に、引きずられるようについたのは川辺。
布を取り出し水へ浸すと、望美は九郎の火傷を負った肩へと押し当てた。

「……っ」
「大丈夫ですか? 火傷は冷やすのが一番ですから、少し我慢して下さいね」

わずかに顔をしかめた九郎に、望美は何度も布を水に冷やして傷口の熱を取る。

「後は、薬を塗ってもらえば大丈夫かな。ちゃんと弁慶さんに診てもらって下さいね」
「……ああ」

赤みがとれた肩にホッと胸を撫で下ろすと、九郎はバツが悪そうに視線をそらせた。

「ねえ、九郎さん。どうしても平家は滅ぼさなきゃいけないんですか?」
「……院宣がある限り、俺たちは平家を追討せねばならん」

三種の神器を返還すれば、あるいは平家は生き延びれるのかもしれない。
だが、すでに神器の2つは壊れてしまっていた。
それに、清盛が都を追われるを認めるとも思えなかった。
今は別れてしまった平家の人々。
それでも、彼らを大切に想う気持ちは、今もまだ望美の胸に残っていた。

「望美。お前はやはり『平家の神子』なのか?」
「……私は白龍の神子。源氏でも平家でもなく、龍神の神子なんです」

自分に言い聞かせるかのような望美を、九郎がじっと見つめる。
平家に益をもたらす『平家の神子』と呼ばれる者がいるとの情報を得たのは2年前。
その神子と思わぬ形で出会ったのが、清水寺でだった。

「お前が兄上に仇なすのであれば、容赦はしない」
「…………」

まっすぐに見つめ告げると、寂しそうに望美が微笑んだ。
その姿に、どくんと胸が騒ぎたつ。

「ロミオとジュリエットみたい」
「は?」
「私と九郎さん」

わけがわからず訝しげに見つめる九郎に、望美はくすっと笑って手を伸ばす。

「戻りましょう。みんな心配してますよ」
「あ、ああ」

思わず手を取ると、にこりと笑顔が返ってきて。
間者とは思えないその純粋な瞳に、九郎の惑いが大きくなる。
――お前は本当に敵、なのか?
繋いだ手の温もりを離せずに、九郎は苦しげに眉を寄せた。

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