「何やってんだ?」
「あ、将臣くん」
忙しそうに動き回っていた望美は、将臣を見つけるとトトト、と駆け寄った。
そうしてきょろきょろ辺りを見渡すと、耳元でそっと囁く。
「あのね、実は知盛と重衝さんの誕生日の宴の準備をしてるの」
「知盛と重衝の?」
「し――っ!」
慌てて将臣の口を覆うと、望美はもう一度辺りを見渡した。
「前に将臣くんのお誕生日を祝った時、重衝さんがいいなぁって言ってたでしょ? ここでは誕生日を祝う習慣ないみたいだし、楽しんでもらえるかなと思って」
確かに昨年行ったクリスマスは、清盛を始めとして皆が新しい宴を楽しんでいた。
「まあ、喜ぶんじゃないか? 重衝は。知盛は酒さえあれば文句ないだろうし」
「23日の夜から始めて日をまたげば、二人一緒に祝えるでしょ?」
「宵越しなんてあいつらには当たり前だろう」
「本当はケーキ作りたかったんだけど、どうやればいいのかわからなくて」
「ここじゃ無理じゃないか? オーブンなんてないし」
「譲くんがいれば作ってくれたかもしれないのにね」
望美が口にした懐かしい名。
それは、この世界にやってきてからずっと行方を捜している、望美の幼馴染で将臣の弟だった。
「……そうだな。あいつは器用だったから、こっちの厨でも作れたかもしれないな」
「饅頭に飾りつけしたらどうかな?」
一瞬翳った表情は、しかし望美の一言で破顔した。
「饅頭に飾りつけって、お前……くっくっくっ」
「とにかく! 将臣くんも手伝って! もう日もないんだから」
「へいへい」
肩を震わせ笑い転げる将臣に、望美は顔を赤らめながらこづいた。
そうして迎えた長月の23日。
先に皆を宴の間へ案内し、自ら知盛と重衝を迎えに行った望美は、にこにこと二人の前を歩いていた。
「楽しそうですね、神子様」
「まあね」
「ふん……そんなに楽しいのか? 誕生日とやらが」
「え? なんで知盛、知ってるの!?」
御簾の前での知盛の呟きに、望美は驚き振り返った。
向こう側では、皆が二人の登場を待ちわびていた。
「ふん……毎日ドタバタと駆けてまわれば、気づかぬものなどいないだろう」
「ええ!?」
「私達のことを想い、神子様自らが宴を催してくれるなど、なんて幸福なのでしょうね」
嬉しそうに微笑む重衝に、望美はサプライズの失敗に肩を落としながら部屋へ入る。
「改めてお誕生日おめでとう! 知盛。重衝さん」
「ありがとうございます、神子様」
「なんだ、これは……?」
「俺たちの世界では、祝い事に花を集めて花束にして贈る習慣があるんだよ」
思いっきり怪訝そうに眉をしかめた知盛に、将臣が苦笑しながら説明する。
「で? 饅頭ケーキは作ったのか?」
「やめたよ。重衝さんはともかく、知盛は絶対バカにするもの」
「饅頭……けえき?」
「な、なんでもないです」
にやりと笑いながら茶化す将臣に、望美は頬を膨らませ顔をそらした。
「贈り物色々考えたんだけど、歌は詠めないし楽器も奏でられないから、せめてもと思って」
「神子様の言祝ぎが何よりの贈り物ですよ。しかしながら一つだけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい?」
「――舞を舞ってはもらえませんか? 私と共に」
「舞、ですか?」
「はい」
突然の重衝の提案に、望美は驚きつつも頷き微笑んだ。
「まだ人に見せられるようなものじゃないけど、今日はお誕生日だもの。一生懸命舞いますね!」
元々宴好きな平家。
ならばと経正が琵琶を、敦盛が笛を奏で、あっという間に管弦の宴となった。
まだ荒さは残るものの、思わず目を惹かれる望美の舞。
それは重衝の優雅な舞に劣らぬ美しさだった。
そんな2人の間に、もう1つの銀の影が割り込む。
「え? 知盛?」
「共にひとさし……舞わせていただこうか」
背中合わせで舞う知盛に戸惑うが、すぐに驚きへと変わった。
(すごい、あわせやすい。知盛がどう動くのかがわかる)
重衝は望美にあわせてくれるので舞いやすいのだが、一見あわせる気など全くない知盛の舞の呼吸が感じられ、自然と重なるのだった。
「見事じゃ見事じゃ! さすがは我が息子! 神子もそれほどまでに舞えるとは知らなかったぞ」
「あ、ありがとうございます」
手放しで褒める清盛に恐縮しつつ、そっと傍らの知盛をのぞきこんだ。
「兄上が舞われるなど珍しいことですね」
「たまたま興がのった……それだけだ。それよりも――」
不意に知盛の指が望美の顎を掴んだ。
「そのように情熱的に見つめて……神子殿は何か期待しているのか?」
「ち、違うわよっ!」
にやりとつりあがった唇に、カッと顔を赤らめ手を払う。
その手を反対側から掴むと、重衝がそっと指先に口づけた。
「あなたの傍で舞う役は私に……とお願いしたでしょう? 神子様」
「今日のは突然というか、急な乱入だったからその……」
「あなたは全てを惹きつける魅力ある花。戯れに飛ぶ蝶さえ、あなたに触れたいと望むのでしょう。ですが、その穢れなき瞳に映すのは私だけにと、つい願ってしまうのです」
「蝶って言うより狼じゃねーか?」
ここぞとばかりに瞳を甘く煌かせ口説く重衝に、将臣が料理を頬張りながら突っ込む。
「――注げ」
「なんで私があんたにお酌しなきゃいけないのよ!」
「今日は俺の誕生日、じゃないのか?」
「……っ! あ、もう夜もふけったもん。知盛はお終いで、重衝さんの誕生日だよ!」
「ありがとうございます、神子様」
べっと舌を出し、重衝へと酌をする望美に、知盛がその手を掴んで自分の杯へと酒を注ぎ込む。
「賑やかよの」
「そうですわね」
わいわいと騒ぐ息子たちを、清盛と二位ノ尼は微笑ましく見守るのだった。