平家の神子

ヒノエ後日談2、暖かな場所

「望美?」

部屋を覗くも、そこに奥方はいない。
その姿を求めて捜し歩いていると、庭に佇む望美を見つけた。
声をかけようとして、しかしその表情に口をつぐむと、気配で気づいた望美が振り返った。

「ヒノエくん?」
「天女は空を恋慕っているのかな。身体が冷えてしまってるよ」
「ありがとう」

ヒノエがまとっていた衣の一枚をかけられ、望美は照れくさそうに頬を染めた。

「それで、姫君は寒空の下で何を思ってたんだい?」
「そろそろクリスマスだなぁと思って」
「クリス……マス?」

耳慣れない言葉に眉を上げると、望美がにこりと微笑んだ。

「うん。私が元いた世界では、師走の暮れにクリスマスっていう行事があるんだ」
「へえ……そのクリスマスはどんなことをするんだい?」
「えーと、まずは木を飾り付けて、鶏を丸ごと一羽焼いたお料理や、生クリームいっぱいのケーキを食べて、贈り物を交換しあったりするんだよ」

言いながら浮かんだのは懐かしい現代ではなく、平家一門との宴。
藁を編んでクリスマスリースの代わりにしたり、みんなで庭木に飾り付けをしたり。
元の世界のクリスマスとは程遠いものだったが、それでも同じぐらい暖かく、楽しかった。

「やろうか」
「え?」
「クリスマス。生クリームっていうのはよくわからないけど、鶏ならいくらでも用意できるし丸焼きにすればいいんだろ? 後は木に飾り付けをするんだよな」

望美の言葉を思い出しながら行動を考えていくヒノエに、望美は戸惑い彼を見つめた。

「面白いことはやらなきゃ損だろ? せっかくお前が教えてくれたんだからな」
「でも……」

この時期は別当であるヒノエにとっては決して暇な時ではない。
毎日彼の仕事ぶりをみている望美が顔を曇らせると、ヒノエはぱちりとウィンクした。

「奥方を楽しませる事だって大切なことだろ? そんな甲斐性のない男のつもりはないぜ?」
「ヒノエくんったら……ありがとう」

憂いの陰から浮かんだ笑顔に微笑んで、その身をそっと抱き寄せる。

「あいつらに会いに行きたいんなら、京に連れていくよ。だから我慢しなくていい」
「ヒノエくん……」
「ああ、『平家の神子』に戻すつもりはないぜ? お前は俺の……『熊野別当』の奥方だからね」

時空をも超えて生き残る運命をもぎ取った仲間が懐かしくないわけがない。
それを隠す必要などないのだと伝えると、頷く望美を抱き寄せる。

「私の方が年上なのにダメだね」
「褒め言葉として取っておくよ」

17の時、この世界に召喚された望美は現在22歳で、ヒノエより4つ年上。
けれども早くに別当を継いだヒノエは年下というには大人びており、さらに色恋事に疎い望美が勝てるはずもなく、もっぱらヒノエに翻弄されてばかりだった。

「じゃあヒノエくんのお願いは私が叶えるよ」
「望美?」
「クリスマスにはサンタクロースっていうおじいさんがみんなに贈り物をくれるの。ね、ヒノエくんは何が欲しい?」

いつもたくさんの幸せをくれるヒノエ。
一人では難しかった和平の道を共に作ってくれた大切な人。

「望美がサンタクロースになってくれるのかい?」
「うん。何か欲しいものはある?」
「……そうだね。お前しか与えられないものがあるかな」
「私だけ?」
「そう」

首を傾げるとぱちりと一つウィンクが落ち、そして耳元で告げられた言葉に頬が染まる。

「俺にくれるかい?」
「でもそれは今すぐは無理というか……」
「もちろん、だからこそ未来の予約はお前だけしかできないよ」
「……うん」

真っ赤に染まった顔を隠すようにヒノエの胸に顔を埋めると、小さくこくりと頷く。
次のクリスマスも一緒に過ごそう。
――新たに増える家族と共に。
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