~しないと出られない部屋

央撫17

真っ白な壁に覆われた部屋の中で、央と撫子は手にした紙を複雑な表情で見つめる。
『100回キスしないと出られません』
そう書かれた紙と、まるで開かない扉。
資料整理を頼まれて開けた扉は確かに資料室だったはずなのに、入った途端眩暈を覚えたかと思ったらこのような部屋だった。

「央、どう思う?」
「う~ん……悪戯にしてはちょっとおかしいし、ここ、どう見ても資料室じゃないよね?」
「ええ。そもそもこんな部屋、学校にないわよね」

部屋の中央にベッドが置かれた部屋なんて、保健室でもありえなかった。
すぐに扉を開こうとしたがびくともせず、窓もないとあってはお手上げ。
手がかりになりそうなものといえば先程の紙だったが、恋人でもない央とそんなこと出来るはずもないし、そもそもそれをすれば確実に出られるかもわからなかった。

「~しないと出られない部屋って一時期ネットで流行ってたけど、100回って珍しいよね」
「驚くポイントがずれてないかしら」
「だって、1回なら試してみようかなって気にもなるけど、100回はさすがに無理でしょ?」
「そう……1回なら央は平気なのね」

出会った頃のクラスで浮いていた彼とは違い、落ち着きと元々持っていた思慮深さが前面に見えるようになってからは、クラスの女子のみならず下級生や上級生からも告白されることがあったと聞いていただけに、央の発言に少しトゲを含んで返すと慌てて否定される。

「いやいや、1回なら誰とでもいいんじゃなくて、撫子ちゃんとならだからね!?」
「え?」
「だから、撫子ちゃんとならもし必要ならそうしてもいいって言うか、むしろ1回どころじゃなくてしたいかなとか……っ」
「な、央……もういいから! 落ち着いて、ね?」
「あ~うん、はい」

どんどん混乱していく央を止めると、熱を孕んだ頬に手をやる。
顔が真っ赤になってるだろうことがわかって、まともに央の顔が見れなかった。

「え~と、もう少し様子を見てみようか? もし誰かの悪戯なら、円達が気づいて開けてくれるかもしれないし」
「そうね」

互いに視線をそらしつつ同意すると、沈黙が部屋を支配する。
自分の鼓動が聞こえそうなほどに暴れているのが分かってどうしていいかわからない。

「……ねえ、撫子ちゃん」
「なに?」
「もしも本当に紙の通り100回キスしないと出られなかったらどうする?」

央に問われ、答えに詰まる。
異常事態の現状を考えるに、このまま救助を待っても来ない可能性がないわけでもなく、かといって扉を破壊するのも難しいとあれば、ヒントらしきものを試すのも悪くないのかもしれないが。
「……央はそれでいいの?」
「え?」
「その、本来こういうことは恋人同士ですることでしょ? 私と央の付き合いは短くないけど、部屋から出るためにやむをえなくてするのはどうかと思うのよ」

たとえそれしか方法がないのだとしても、やはり気持ちの伴わない行為は苦痛でしかないだろう。
そう問いかけると、名を呼ばれて、その常と異なる声音に驚く。

「僕は撫子ちゃんが好きだよ。だから君となら構わないし、君以外とならする気はないんだ」
「……っ」
「君は? 僕のことどう思ってる?」

まっすぐ見返す強い瞳に、ドクドクと鼓動が暴れ出す。
央に「ときめいている」のだと主張する高鳴りに、きゅっと唇を噛んだ。

「私も、好きよ」
「それはCZの仲間としてじゃなく?」
「ええ」

央のことはもちろん仲間として信頼しているが、この高鳴りの正体がそれに由来しているかと問えば答えは否だった。
1回だけなら他の女の子とでもキス出来るのか、してしまってもいいと思うのか……それを考えた時、嫌だと思った。それが答えだった。

「……良かったあ」
「央?」
「この状況でこんなこと言ったらずるいって思われるんじゃないかって緊張してたんだよね」
「そんなこと思わないわ。今まで考えたことはなかったけど、央が好きって言ってくれて嬉しかったもの」
「うん、僕も君が好きだって言ってくれて舞い上がっちゃった」

央らしい言い回しに微笑むと、改めて紙を見る。
100回ーー想いを通じ合わせたとはいえ、いきなり100回はハードルが高く、戸惑わずにはいられなかった。

「脱出のことはとりあえず置いておいてさ。……キス、してもいい?」
「央?」
「脱出のためにするんじゃなくて、君が好きだからしたいなって」

見たことのない熱を帯びた瞳に、さらに鼓動は激しく暴れて苦しいほど。
それでも、央がそう思ってくれているのが嬉しくて、微かに顎を引いて頷いた。
「私もここから出るためとかじゃないキスがいいわ」

恥ずかしくて、それでも義務のようなファーストキスなどしたくはなく同意する。
肩に触れた指先は冷たく、央の表情からも緊張が伝わる。
ゆっくりと近寄る顔に目を瞑ると「好きだよ」と聞こえて、ふわりと微かに唇に触れたのがわかった。
カアッと体が熱くなり、耳まで赤くなってるのを自覚すると恥ずかしくて逃げ出したくなる。
と、カサリと紙の擦れる音に目を向けると、足元に落ちていた紙面が視界に映った。
『残り99回』
新たに加わった文に、この状況が悪戯などではないことを知る。

「撫子ちゃん、ごめん」
「?」
「1回だけなんて我慢出来ない。もっとしてもいい?」
「……っ」

あまりに直接的な願いに、けれども首を横に振れなくて小さく頷く。
再び触れた唇はすぐに離れて、けれども今度はすぐに重ねられて、それが何度と繰り返されて息があがる。
胸が苦しくて、息も苦しくて、頭が沸騰しそうで。
恥ずかしくて、なのに幸せで、全身が熱くて眩暈がする。

「……はぁっ、頭が沸騰しそう……っ」
「……は、はぁ……私も……っ」

乱れる呼吸に苦しいのにキスを止めれなくて、何度と触れて離すを繰り返して、息苦しさに口を開けた瞬間に重ねられ、触れた舌の感触にカアッとさらに熱くなる。
びくりと舌を引くと、同じく驚いた反応をして。
なのに再度触れた央の舌は、今度は逃げることなく意図をもって触れてくる。

「ん、……っ、ふ……」

知らぬうちに紙面は残り62回、45回とめまぐるしく変化していて、23回と記されたところで足をもつれさせてベッドに二人倒れこむ。
ひどく乱れた息に、赤く染まった顔。 なのにもっと触れて欲しいと、全身が熱くて堪らない。
再び重なった唇は食むように深くて、続くキスの中でカチリと、鍵の開く音を遠い意識の向こうで聞いた気がした。

20201011
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