大人の階段、落ちる時

央撫10

「……ん……っ」

いい? と問われて……頷いて。
瞳を閉じると、唇に触れたぬくもり。
央のキスは優しくて、あたたかくて……それでも鼓動はどうしようもなく早くなって、いつもどうしていいのかわからなくなってしまう。

「……っ」
混乱がピークに達した時、それを察したように離れた央に撫子は吐息を漏らすと、真っ赤な顔で俯いた。

「……ずるいわ」
「撫子ちゃん?」

央の鼓動が同じぐらい早いことも、その頬がほんのりと赤くなっていることも知っているけれど、それでもやっぱり撫子よりも余裕があるように見えて、それが確かな差のように思えて悔しいと思ってしまう。
央は撫子よりも10年分多い経験があって、聞いたことはないが当然恋愛の経験もあるのだろう。

「ずるい、わ……」

ただの八つ当たり。
そうわかっていても、自分ばかりがドキドキしているように思えて、そのことが恥ずかしくて、どうしていいかわからなくなる。

「えっと……何がずるいのかな?」

「央、キスが上手よね」

「え? そう、かな」

「それだけではないわね。女の人の扱いになれてるのかしら」

「そんなことないよ。今だってほら、心臓バクバクだし」

「……そうかしら」

ほんのりと頬を染めて慌てる央に、素直になれない気持ちが表に出て、つい意地悪いことを言ってしまう。
目の前にいる央は、撫子が共に課題をした央ではないのだから、撫子の知らない経験があって当然で、それを承知で、それでもこの世界の彼が好きで、彼を選んだのは撫子で。
理不尽なことで彼を責めている自分が情けなくて、撫子はきゅっと唇を噛む。

「ねえ、撫子ちゃん。君が僕のキスを上手だと思ってくれるのは、僕が君のことを好きで、君も僕のことを好きだからじゃないかな」

「え?」

思いがけない言葉に顔を上げると、撫子の大好きな笑顔が広がって。

「だって、撫子ちゃんのことが好きで、好きでたまらなくて、触れたいって……僕が思っているのはそれだけだから」

まっすぐな言葉に、気づけばその胸に飛び込んでいた。

「……ごめんなさい、八つ当たりをして」
「いえいえ。撫子ちゃんが僕のこと、すっごく好きだってわかって嬉しかったよ」
「………っ」

満面の笑みに頬が再び熱を孕むが、その言葉は嘘ではないので反論することはなかった。

「……初めてなのよ。その……男の人を……好きになったのは。だから、どうしていいのかわからなくなるの」

初めての恋。それが央。
人を強く想う気持ち。それを撫子に教えたのは、央だった。

「それじゃあ、同じだね。僕も、女の子と一緒に暮らしたのなんて、君が初めてだもの」

「……そうなの?」

「そうなんです! あのね……僕のこと、どんなふうに思ってる?」

「どんなふう……って、………かっこいい」

「……っ」

撫子の言葉に顔を赤らめると、央ははあ~と肩を落とす。

「央?」
「……どうしてそんなに可愛いのかな。もう、本当に可愛すぎ」

たまらなくなって抱きしめると、慌てる気配を感じたけど、離してなんてあげられなくて。
口づけると、カッと体の奥が熱くなる。
こんなに誰かを愛おしく思ったのも―――欲しいと思ったのも、撫子が初めてだから。

初めて撫子を見た時に抱いた感情は、庇護欲に近かったのかもしれない。
どうしていいのかわからなくて困っている……そんな姿に放ってなんておけなくて、声をかけた。
それでも今、胸にある思いは恋情。
彼女と過ごす中で芽生えた、確かな想い。

「……君の初めてをもっと頂戴?」

僕の初めてもいっぱいあげるから――耳元で囁けば、真っ赤に染まった顔に、それでも腕を振り払われることはなくて、そっとその身をベッドに沈めた。
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