「……ん……っ」
いい? と問われて……頷いて。
瞳を閉じると、唇に触れたぬくもり。
央のキスは優しくて、あたたかくて……それでも鼓動はどうしようもなく早くなって、いつもどうしていいのかわからなくなってしまう。
「……っ」
混乱がピークに達した時、それを察したように離れた央に撫子は吐息を漏らすと、真っ赤な顔で俯いた。
「……ずるいわ」
「撫子ちゃん?」
央の鼓動が同じぐらい早いことも、その頬がほんのりと赤くなっていることも知っているけれど、それでもやっぱり撫子よりも余裕があるように見えて、それが確かな差のように思えて悔しいと思ってしまう。
央は撫子よりも10年分多い経験があって、聞いたことはないが当然恋愛の経験もあるのだろう。
「ずるい、わ……」
ただの八つ当たり。
そうわかっていても、自分ばかりがドキドキしているように思えて、そのことが恥ずかしくて、どうしていいかわからなくなる。
「えっと……何がずるいのかな?」
「央、キスが上手よね」
「え? そう、かな」
「それだけではないわね。女の人の扱いになれてるのかしら」
「そんなことないよ。今だってほら、心臓バクバクだし」
「……そうかしら」
ほんのりと頬を染めて慌てる央に、素直になれない気持ちが表に出て、つい意地悪いことを言ってしまう。
目の前にいる央は、撫子が共に課題をした央ではないのだから、撫子の知らない経験があって当然で、それを承知で、それでもこの世界の彼が好きで、彼を選んだのは撫子で。
理不尽なことで彼を責めている自分が情けなくて、撫子はきゅっと唇を噛む。
「ねえ、撫子ちゃん。君が僕のキスを上手だと思ってくれるのは、僕が君のことを好きで、君も僕のことを好きだからじゃないかな」
「え?」
思いがけない言葉に顔を上げると、撫子の大好きな笑顔が広がって。
「だって、撫子ちゃんのことが好きで、好きでたまらなくて、触れたいって……僕が思っているのはそれだけだから」
まっすぐな言葉に、気づけばその胸に飛び込んでいた。
「……ごめんなさい、八つ当たりをして」
「いえいえ。撫子ちゃんが僕のこと、すっごく好きだってわかって嬉しかったよ」
「………っ」
満面の笑みに頬が再び熱を孕むが、その言葉は嘘ではないので反論することはなかった。
「……初めてなのよ。その……男の人を……好きになったのは。だから、どうしていいのかわからなくなるの」
初めての恋。それが央。
人を強く想う気持ち。それを撫子に教えたのは、央だった。
「それじゃあ、同じだね。僕も、女の子と一緒に暮らしたのなんて、君が初めてだもの」
「……そうなの?」
「そうなんです! あのね……僕のこと、どんなふうに思ってる?」
「どんなふう……って、………かっこいい」
「……っ」
撫子の言葉に顔を赤らめると、央ははあ~と肩を落とす。
「央?」
「……どうしてそんなに可愛いのかな。もう、本当に可愛すぎ」
たまらなくなって抱きしめると、慌てる気配を感じたけど、離してなんてあげられなくて。
口づけると、カッと体の奥が熱くなる。
こんなに誰かを愛おしく思ったのも―――欲しいと思ったのも、撫子が初めてだから。
初めて撫子を見た時に抱いた感情は、庇護欲に近かったのかもしれない。
どうしていいのかわからなくて困っている……そんな姿に放ってなんておけなくて、声をかけた。
それでも今、胸にある思いは恋情。
彼女と過ごす中で芽生えた、確かな想い。
「……君の初めてをもっと頂戴?」
僕の初めてもいっぱいあげるから――耳元で囁けば、真っ赤に染まった顔に、それでも腕を振り払われることはなくて、そっとその身をベッドに沈めた。