あと一段をのぼれたら

円撫17

「入学おめでとう、円」

そう言って胸元に花を飾って祝ってくれた撫子に、真新しい制服を身に纏った円は、ありがとうございますと返した。
彼女が初等部を卒業して一年が過ぎて、ようやくまた同じ学舎になれた。
けれども彼女は必ず一つ先をいく。
それは自身が一年後に生まれたからで、これからもどうしてもその差を埋めることはかなわない。
背も同じぐらいで、否応なしに年下であることを突きつけられているようで、どうしようもない苛立ちが胸を覆った。
今までこんなことを考えたことはなかった。
円の世界は家族がすべてで、兄である央を妄信的に崇めることでそこにあることを許される。
彼女に出会うまではずっとそうあり続けるのだと思っていた。
けれども彼女は、央の付属品であろうとする円を個としてとらえ、凝り固まった認識を穏やかに手解き、真に家族と向き合うことを教えてくれた。
家族しかいなかった世界に友人と呼べる仲間としてーー特別な存在としてそこに在った。

「撫子さん、入学式の後に時間ありますか?」
「ええ、大丈夫だけど」
「なら後で、僕の教室に来てもらえますか?」
「円の? わかったわ」

突然の申し出に不思議そうに瞳を瞬かせて、それでも頷いてくれた撫子と別れて教室へ向かう。
そうして入学式を終え、HRも終えると、すでに撫子は廊下にいた。

「待たせてしまってすみません」
「気にしないで。それで、この後はどうするの? 央が家族でお祝いするって言っていたけど」
「ここにいいですか」

話ながら廊下を歩くと、人気のない階段に立つ。
新入生は下駄箱に向かい、在校生はすでに帰っているので、辺りはしんと静まっていた。
一段上ると、彼女を見下ろす。
普段は変わらない視線がほんの少しだけ高くなる。

「来年にはこれ以上に伸びていると思います」
「そう、ね。鷹斗達も伸びてるし、円もきっと大きくなるわ」

彼女の口から語られる仲間たちに、グッと拳を握る。
彼女と同じく一つ先を行く彼らは、身長もまた自分を追い越していて、その事がまるで置いていかれるように感じて足踏みする。
ただの一段。
それでも、それが悔しい。

「だから、あなたが頼るのは僕だけにしてください。合気道も習っていたので、ボディーガードの役割は十分果たせると思います」
「そうだったわね」
「本当にわかっていますか」
「円の気持ちは嬉しいわ。でも」
「僕だと頼りないですか。年下だからですか」
「そんなことないわ。そうでなくて」

素直に受け入れない撫子に苛立ってきて、つい何故と詰め寄ってしまう。

「だったら何ですか」
「頼るのはいいのだけど、クラスも違うし、いつでもというのは無理があるわ。でも円がそう言ってくれるのは嬉しいの」
「連絡してくれればすぐに行きます」
「それは……ちょっと」

彼女に限ってないとは思うが、たとえ授業中だったとしても構わないのだが、それは即座に断られて仕方なく引く。

「わかりました。それならあなたが頼りたくなる男になります」
「え、ええ。ありがとう」
「時間を取らせてすみませんでした。央を待たせているので帰ります」
「私も一緒にいいかしら」
「はい。行きましょう」

言うや手を取ると、引いて歩く。

「あの、円?」
「何ですか」
「どうして手を繋いでるのかしら」
「これはあなたが転んで怪我しないようにです」
「私、そんなにおっちょこちょいじゃないわよ」
「央を待たせているので急ぎたいんです」

そうだ、円を待たせているのだから、離した方が早く帰れる。
それなのにこの手を離す気にはなれなくて、手を引いたままで歩む速度をほんの少しだけゆるめた。

今はまだ隣り合う視線。
けれどもいつかはと、そう願う思いを自覚して。
きゅっと握る手をわずかに強めた。

20210203
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