寒い~早く帰って暖まろうよ~と冬に入り始めた季節に(それでも教室は快適な室温が保たれているのだが)、文句を並び立てる彼をいなしながら日誌を綴っていて。
その自由奔放さが何かに似てると、ふと思う。
「そっか、猫だ」
「なに? 猫を飼いたいの?」
「ううん」
ふわぁ、と隣の席でアクビをしながら腕を伸ばした凝部くんを見て、立ち上がると手を伸ばし、少し癖のある柔らかな髪をゆるりと梳る。
さらりと指に絡むことなく手触りもよい。
「ペルシャ……は違うかな。マンチカンでもないし……」
「え、マジでわけ分からないんだけど」
まるで毛並みを確認するように髪を撫でながら猫の種類を口ずさむと、目尻を染めて眉をしかめる姿に、とある猫が思い浮かんだ。
「微笑み猫!」
「ヒヨリちゃん?」
「え~と正式名はなんだっけ……?」
「シャルトリュー」
「凝部くん知ってるの?」
「うん。で、それがどうしたの? 何で急に猫?」
問いかけにうんと曖昧に頷きながらシャルトリューと検索をかけ、その説明文に目を通すと小首を傾げる。
「イメージと違うかも。うーん」
「おーいヒヨリちゃん。無視されるのキツいんですけど~」
ポチポチと検索を続けていると、諦めたのか凝部くんがやれやれと肩をすくめた。
「ロシアンブルー!」
画像と説明を見てこれだと納得すると、凝部くんを覗きこんで画像を見せる。
「だから、急にどうしたの? そんなに猫好きだったっけ?」
「そうじゃなくて、前から凝部くんって猫みたいって思ってて」
「唐突だね。で、ロシアンブルー?」
「うん」
プライドが高く気まぐれ。
性格的には気難しい面があり、ベタベタしすぎても、優しさが足りなくてもダメ。
「ね、凝部くんみたいでしょ?」
「はは、ヒヨリちゃんが僕のことどう思ってるか分かるね」
説明文を示して同意を求めると、苦笑しながら髪に添えたままだった手を取られ、ちゅっと掌に口づけられた。
「ちょっ……」
「ならこれもそう思うんだよね?」
抗議しようと口を開いたところで示された一文につい目を向ける。
ーー絶対的な信頼関係を結んだ相手を独占しようとする
「ってわけなのでイチャイチャタイム~」
「もう、いくら人がいなくてもここ、教室だから!」
「あれ? 人目がなければいいの?」
指を絡めて妖しげに微笑む顔に身を引こうとするも、容易に解けずに逆に引かれてバランスが崩れ、腕の中に埋もれる。
「ねえ、ヒヨリちゃん?」
耳近くの囁きに息使いを感じて身を震わせると、とたんに鼓動が激しく暴れる。
華奢なように見えてもそこはやっぱり男の子で、すっぽり自分を腕の中に覆えてしまうし、埋もれさせられる。
サラリと、彼の髪がこぼれる気配にまで鼓動が跳ね上がって、胸元にすがるような態勢に慌てて足を踏ん張り、身を起こした。
「あ、逃げられた」
「もう! まだ日誌終わってないんだから! 続き凝部くんが書いてくれるの?」
「はいはい、どうぞ~」
ジロリと目を三角にして抗議すれば、パッと離れた腕に息を整えて、隣の席に座り直す。
チラリと横を見ると、机に突っ伏しながら眠そうにまだ~?と問うから、残りをささっと書いて終わらせると、先程の説明文を思い出す。
ーー絶対的な信頼関係を結んだ相手を独占しようとするーー
「信頼、してくれてるんだ」
「そうだよ。だから早くイチャイチャしよう☆」
「しません」
「え~」
相変わらずの軽口をピシャリと止めれば、不満げにしながらも無理強いはしない彼に、もう少しだけ押してくれてもいいのに、なんて思ってしまう。
人目に触れるところではやはり嫌だけど、触れて欲しいと思う気持ちだってあるのだ。
バングルを操作して日誌を提出してから待たせてごめんねと声をかけ立ち上がると、頬に指が伸びて。
ちゅ、っと軽く触れた感触に顔を赤らめると、ニヤリと笑う姿に考えを読まれたのだと悟る。
それならと腕を絡めれば、え?とやや高い驚きの声と丸く開かれた瞳にニコリと微笑む。
「寒いんでしょ?」
だからだよと言い訳を口にしながら身を寄せると怯んだのも一瞬で、胸当たってると指摘されて突き飛ばしたのは凝部くんが悪いと思う。
20201031