ヤバい。
そう思ったファーストキスの感想は正しく、あっという間にすべてがヒヨリだけに染められる。
手のひらのキスさえ体を循環して侵されたのだ、唇なんてその比ではない。
ふくりとした柔らかな感触。
伏せられた瞼に細かく震える睫毛。
五感の全てでヒヨリを感じて認識して……思考が停止する。
怯えさせたくない。
嫌われたら立ち直れない。
そんなふうに思うのに、貪るのを堪えるのがせいぜいで、キスをやめることは叶わない。
(毒って言うよりクスリ?)
『ヤバい』というなら同じかもしれないと、意識の底でヒヨリに怒られそうなことを考える。
とにかく中毒性が半端なく、それこそ会えば必ずしたくなるぐらいには彼女とのキスはヤバかった。
「ん……」
鼻にかかった甘い声。
自然とこぼれたその響きの凶悪さ。
肩に添えていた手に力が入るのを堪えきれず、つい強張ってしまった。
「凝部くん?」
とろんと潤んだ瞳に鼓動はさらに加速して。
離れた唇を再度追いかける。
「ん……」
頭が沸騰する。
顔が熱い。
息があがって、まるで走ったかのように鼓動が乱れて、得意のポーカーフェイスが瓦解する。
こんな自分は知らなかった。
ヒヨリからまた一つ、知らなかったものを与えられた。
本気の思い。
それに付随する今の症状。
熱くて苦しくて、なのに気持ち良くて嬉しい。
性的欲求とは別に満たされる思いは、凝部が今まで得られなかったもので、惜しみなく与えられ、満たされるのが嬉しくて泣きたくなる。
(僕もキミに与えられてるのかな)
以前ならば考えもしなかった。
それでも、この幸せな思いをヒヨリにも与えたいと今は思うから。
「好きだよ」
ほんのわずかな隙間で囁けば、伏せられていた瞼がパチリと開いて、驚きと羞恥に彩られる。
「キミは? 僕のこと好き?」
「そうじゃなければこんなことしないよ」
「それじゃダメ。キミも言って。僕のこと、好き……だよね?」
「……っ」
逃がさないとしっかり腰に手を回せば、逸らされていた瞳が向けられて、その唇が望んだ答えを返してくれる。
「好き、だよ。私も、凝部くんのこと」
「うん。知ってる」
だらしなく緩んでるだろう顔は、再びキスで見えなくして。
甘い一時に酔いしれた。
20200909